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6170 日本建築学会大会梗概集(東北)昭和4810月より

逆・格差論による計画理念


(沖縄県名護市総合計画・基本構想ーその2)



正会員・大竹康市(象設計集団)  同・地井昭夫(広工大講師)  
    岸本建男(名護市役所企画室)
  同・小路紀光(都市環境計画研究所)  同・井上 隆(早大大学院)


1・はじめに

 ここでは前稿の沖縄開発批判のための具体的論拠のひとつとして
所得格差論批判と逆・格差論の考え方について述べてみたい。なおこの逆格差論は、沖縄開発に限らず、日本の地域開発全体への問題意識からも取り組まなければならないものであるが、ここではとりあえず沖縄の現実の中から概括的に考えてみたい。

2・所得格差論、地域格差論の破綻

 ここで改めていうまでもなく、政府は池田内閣による所得倍増計画以来一貫として強い工業開発政策を押し進め、その地域的課題と称して、新産都、旧新全総を地域に押し付け、更に列島改造へと展開しようとしている。この一貫した工業優先政策の結果が、特に本土においていかに深刻なものになっているかも他言を要しない。すでに前稿でも述べたように、現在沖縄においてもこの路線が強行されようとしている。

そしてこうした政策を
学問的に支えてきたものが所得格差論であり、工業による地域繁栄論であったということができよう。つまり工業と農業の間に、中央と地方の間に大きな所得差があるので、工業開発によって農村や地方を中央や工業の水準に近づけようという福祉論的体裁を整えた経済学的論理である。ほとんどの商業ジャーナリズムの論調もこの枠を破ることに成功していないばかりか格差論の現実的矛盾に対してすら無知である場合が多い。そしてこの所得格差論は統計数値やその意味に対する配慮を全く欠いたまま、いまだに多くの地域開発の根拠となっている。しかし所得とは、格差とは、中央と地方とは何か、そして本来社会的に要請される計画の論拠が経済的にも説明されることは正しいことなのか、といった点について充分疑ってみる必要があるだろう。

さて、農業でいえば、格差論によって自立農家育成、経営規模拡大、農家戸数激減論が語られ、地方でいえば地域開発、工業開発、観光開発などが語られてきた。しかしこの格差論の本質は、実は農村から都市への労働力強奪論であり、都市から農村への公害輸出論であり、地域資源の収奪論であったと見ることができよう。なぜなら、本土においても自立農家はいっこうに増加せず、農地の流動もなく、かえって百姓総兼業というかたちでいまだに多くの農家は、農村地域において自らの生活防衛の道を守っているのである。そればかりか、例えば経済的に日本一貧しいといわれてきた(実はこれも事実ではないのだが)鹿児島県において、志布志湾の大規模工業開発に反対する多くの農漁民たちは敢然と
オレたちは貧乏ではないと言い放っている。彼等のこの言葉を支えるものは何か。自らの生活、地域、歴史に対する愛情といった表現が甘いとするならば、執念といってもよいものであろう。当然のことながら、この自信の前に格差論は完全に破綻する。ここでの格差論の多くは、押し付けがましい福祉論や強圧的公共福祉論(土地収用法などによる)に転化していくことは周知の事実である。

沖縄においても特に復帰後この所得格差が大きな問題となり、鹿児島県より低いといわれた対全人口比で約55%*註1 という所得水準は、県による「長計」や「沖振」に見られる工業、観光優先政策の格差論的根拠となったといえよう。しかしこの方向は、明らかに県民の生活実態や生活要求と矛盾している。たしかに復帰後県民の間で所得格差は深刻な問題、話題となっている。しかしこの県民の問題意識は、格差論的立場からのものでは、何ら本質的施策や見通しを持たずに復帰したことへのきびしい批判と考えなければならないものであろう。この県民要求の本質を見ない沖縄開発論は北部開発の起爆剤と称する「海洋博」においてすでに明らかな農漁業破壊の実体を見るまでもなく、自立経済の確率どころか、ついに沖縄を本土の
従属地としてしか見ない本土企業流の所得格差論をのり超えることはできないといえるであろう。

3・ 逆・格差論の立場

 逆格差論について述べる前に、まず所得格差論の作為的ともいえる誤りが批判されなければならない。様々な批判が可能なのだが、ここでは、柏祐賢氏の批判を引用したい。氏はこの中で
一般に格差論の論証に使われているのは国民所得であり、端的には以下の図で示されるものである。

fig2-1


しかしこれは正確には次のように改められなければならない。

fig2-2

しかもこれをいわば「生活単位」としての農家に注目するならば、さらに次のように改められるべきである。


fig2-3

と格差論批判を展開している。
こうした批判をふまえた上で、地域(沖縄)における家計支出構成を調べることによって、逆格差論とでもいうべきひとつの考え方を示してみたい。これは経済とは所得と消費のバランスの上で語られるべきであるという考え方にもよっているのであるが、端的には以下の図式によって示されるものである。

fig2-4

即ち、消費(支出)において沖縄を
100とした場合、全国平均の消費が指数で167以上あれば、バランスの上からは沖縄の方が豊かであるといえるのではないか、という考え方である。そこで1970年総理府の「全国世帯家計支出調査報告」の中から、衣食住、雑費という生活の基本となる項目についてその実体を比較したものが、右上下のグラフ(図5)である。

この結果、実感としても理解できるのであるが、東京の生活はあまりにも相対的に貧しく、沖縄の生活が以外に豊かであることを知るのである。つまり沖縄は東京よりはるかに豊かであり、鹿児島より少し貧しく、全国平均とほぼ同水準の生活をしているというのが、このグラフからの比較的結論のひとつなのである。
沖縄の人々と同水準の生計を営むために、同一賃金水準とすれば、本土全体で
1.67倍、東京では実に1.94倍働かなければならないのである。そして例えば、沖縄の地理的特質を表わす衣服費の圧倒的な逆格差は、絶対値の低いことが貧しさではなく、むしろ沖縄の生活しやすさを示すものであることが分かるのである。

図5
fig2-5

こうした特質と個性に満ちた
地域に対し、格差論を押し付けることは、地域の本質を捨象し、無視する悪質な、そして地域住民の自信を喪失させる以外の何事をもなし得ない政策であると結論づけることができるであろう。また下の表は、各支出項目の実体のうち、食費についてだけまとめたものであるが、こうした細かい検討からも、沖縄の55%という貧しさを導き出すことはできなかった。

fig2-6

4・今後の課題
これは復帰前のデータに基づいており、復帰後のきびしい物価上昇には触れていない。また社会資本の蓄積度や社会サービスの比較がないという批判もあろう。また消費構成の他にも、沖縄の特質としての自然や社会の美しさ、豊かさなども組み入れていきたい。こうした問題を今後の課題として、この逆格差論をより客観的なものにして行きたいと考えている。

註ー1 最近、復帰前後の所得水準55%という算定値はかなり疑わしいものである。これは沖縄への工業導入のための布石としての宣伝ではなかったのか、という意見がある。これは今後の調査研究によって明らかにされようが、重要な意味を持っていると思われる。
註ー2 農業問題の正しい認識 柏祐賢(京大教授)
    ー新日本農業の未来象ー 富民協会 昭和45年


日本建築学会大会学術講演概説集(東北)昭和48年10月
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