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アメリカからペルーへ


#13 バリヤーダの人々6/リマ



 端的に言って、ペルーの歴史は収奪の歴史である。インカ、プレ・インカの時代はさておき、ピサロの侵入に始まるスペイン植民地時代と、それに続く独立共和国時代は、経済的には他国の支配に身を任ねてきた歴史でしかなく、巨大な富を思いのままに収奪された痛恨の連続である。

 妙に肌寒いある夏の夕方に、
400年の歴史を持つサンマルコス大学に出掛けていき、学生たちと地下の学生食堂で話していたとき、話題がペルー史に移るや否や、長年の怨念をたたきつけるように彼等は語りだした。彼等の口調を黙って聞いていると、ふと私より一世代前の沖縄の人たちが沖縄近代史を語るときの、怒りをこめた語り口を思い出して、われ知らず苦笑を漏らしてしまったのだ、沖縄の先輩たちには苦笑で答える私でも、このペルーの青年たちにはそうもいかず、ナショナリズムをむき出しにした言葉の数々を、退屈しながら聞いていた。

 過去の収奪の構造は、現在どのような形で変形し、人民を収奪するどのような社会構造を築いているのか、そしてその中で、超エリートとしてのサンマルコス大学学生は、いかなる社会的位置を占めているかのような、自己の存在にかかわってくる問題設定を放棄して、歴史の恨みつらみを云々してみても、外国人の私には全く興味を欠く話題でしかないし、とにかく無意味である。過ぎていった歴史の苦悩は、現在安全な場所に身を置いている彼等の立場を弁明し救済するものではないという認識が、やがて一人一人に訪れるだろうとの予感を抱きながら、彼等の冗舌が忍耐力の限界にふれたとき、苦笑を残して立ち去らねばならなかった。

 言うまでもなく、ペルーを含むラテン・アメリカは、ヨーロッパと合衆国による搾取の対象になっていた。ペルーに来たスペインは北アメリカに渡った他のヨーロッパ民族とは異なり、そこに新しい世界を創造する精神と、それを準備する社会的変動を経験しておらず、極端に言えば単なる略奪者でしかなかった。北アメリカが、インディアンの大量殺りくという大問題を残しながらであれ、近代資本主義国家を築き上げたのに対して、ペルーでは、インカ帝国時代1000万を越していたインディオが、またたく間に100万近くにまで減少し、そのために黒人労働力をアフリカから輸入する状態であったにもかかわらず、産業の発展は封建時代と大差のないありさまであった。

 四世紀に近い収奪の結果、ペルーが今日抱えている絶望的な課題は、バリヤーダの問題に象徴的に現れてくる。バリヤーダは、ペルーのラティフンディスモ、セントラリスモ、産業発展の遅れなどを、余すところ無く示しているのである。

 ラティフンディスモと呼ばれる大土地所有制度は、ほんのひと握りの大地主が農民を役使士、収益を独占した制度である。これまで何度も改革の動きがあったが、ペルー的伝統によって途中であいまいになり、そのうちクーデターでだめになるという循環を繰り返しながら、
1968年の軍事政権によって、やっと本格的に手をつけられようとしているこの制度は、すでに50年も前に、ペルーの思想家カルロス・マリアテギをして、「インディオの問題は、土地の問題である」とまで言わしめた。しかし、68年ではもう遅い。すでにその15年も前から、農耕地を捨てた農民が雪崩のようにリマに殺到していたのである。

 地方の中小都市は、セントラリスモ(中央集中主義)によって発展をそがいされてきたので、吸収能力がない。地方間を結ぶ交通網さえ作られず、収奪の論理の結果、富がリマに集中してくる体制だけが確立されていたわけだから、人口は必然的にリマに集中していく。かくて、ペルー、人口1200万のうち、300万人がすでにリマに集まっており、まもなく500万人程度にはなるだろうと予想されている。

 人々を吸収すべき第二次産業については、そもそも収奪の場と市場でしかなかったところに、産業社会が生まれるわけはないだろう。鉱石輸出と外国製品販売による利益は、大商人や軍人、政治家たちの手に独占され、分割されて外国の銀行に流出していくだけであって、産業に投資されたのではない。鉱山を担保に外国から借りれる金も、有効な資本投下にはならず、逆に借金だけが年々増加していく結果、いよいよ外国の経済支配の下に置かれることになった。

 イギリス産業革命前夜に「エンクロージャー」があって、労働者の都市集中化現象が現れるし、あるいは日本においても、近代資本主義国家への脱皮の過程で「女工哀史」があり、また徳富蘇峰をして「この三千の奴隷を如何にすべき」と書かせた農村問題があるとしても、ペルーのバリヤーダの問題は、資本主義化の過程に登場してくるものとは異質だし、産業資本主義への移行を果たせなかった社会の問題であるように思われる。

 この国は、過去の歴史と現在の社会構造に、どのように訣別を告げ、どこに向かって歩を進めていくのだろうか。
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