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アメリカからペルーへ


#7 楽しき人々/泥棒・のんき・親切(リマの印象2)



 リマは楽しい。周辺の自然と町を比べ見るだけで、奇妙な楽しさにおそわれる。

 車でちょっと市外へ出ると、そこはもう砂漠である。砂漠とは言っても、アフリカのそれを連想されると困るが、1年中ほとんど雨のないペルーの海岸地帯(COSTA)は、低い丘が連なっていて、その丘には緑のひとかけらもなく、表面はみんな砂でおおわれているので、広大な海岸地帯を砂漠と呼んでいるわけだが、ときには丘が巨大な砂丘のように映ることもあって、夕暮れどきには、丘の色あいを山裾の影が美しい風景を作り出す。

 その砂漠の真ん中に大きな町があるというのも奇妙だが、まるで人気のない周囲の砂漠から渾沌とした市内にはいると何だかホッとする。壊れかけたままで放り出してあるレンガ塀や、ペンキのはげ落ちた壁、掘り返されたままの道路などを見ると妙に人間の臭いとでも言いたくなる空気を感じる。どこに行っても人だらけの日本では、そういう気になることはほとんどない。

 住んでいる人びとがまた面白い。混雑した通りで車が故障しても、自分でゆうゆうと交通整理をしている人がある。リマの車は驚くほど古いものが多く、フロントガラスを全部割ってしまって、ビニールを貼りつけて平気で走っているし、タクシーは、クラシック・カーと呼びたくなるような型がほとんどで、そのためによく故障する。私も散歩の途中繁華街で、何度か車の後を押してやったが、それでも人々は平気である。他人の目など、どうでもいいのであろう。

 もっと奇妙なことには、住民がみんな泥棒である。いや、リマ市民の名誉のために言い直すと、人々はお互いに泥棒と考えている。これでは名誉の回復にはならないが、実際に泥棒の多いことは事実であろう。盗難に対する注意が私の常識を越えている。「どだいスペインの泥棒たちがこしらえた国だから、当然のことさ」とうそぶく者もいて、びっくりさせられる。政治家というものは、わが国でも信用できない人々ということになっているけども、それでもリマの政治家不信は度を越している。よっぽどひどい目に会わされて来たのであろうが、政界、官界の者は金を集めて国外へ逃がしてしまう連中だとしか考えない。メキシコでも、ある知人が、「ここでは警察官は法によって保護された泥棒だ」と顔色も変えずに言うのを聞いて、信じられない思いをしたが、ペルーのかかる不信の空気の中で、政府が何かまともなことをするのは大変なことであるに違いない。

 バスに乗ると、一緒にいる知人が「腕時計に気をつけろ」という。Yシャツでもセーターでも、袖をたくし上げるくせのある私は、追いはぎの格好の目標になるということで、「その手練の技が見たい」といったら「注意が足りないからまもなく見られるよ」と言われた。一度、大胆不敵な泥棒にお目にかかりたいものだ。

 ペルーに限らず、中南米の気質で面白いのは、いわゆるマニヤーナ主義であろう。私自身、時間厳守とか計画性のある行動とかいうことに弱いので、マニヤーナ主義は体質に合っていると思われるが、移民の人たちの話によると、相当なものらしい。二世の人々もペルー的になって来るので、「マニヤーナ」が多くなってくる。誕生日のダンス・パーティーを翌朝の6時までやっているのを見ると、付き合うのはとっても大変だと思えてくる。リマに来て、「明日は明日の風が吹く」という古い歌を思い出した。

 生活方法として、日本人やアメリカ人のように、いつでも何かに追いかけられているような生き方と、マニヤーナ主義とでは、簡単に良否を言えないけれども、これから産業革命をやろうというペルーで、マニヤーナ主義は大敵であろう。

 それを示す好例が一つある。私の世話になっている家のすぐ近くに、大きな闘牛場があるが、まだ一度も使用されていない。南米では、ペルー、コロンビア、ベネズエラで闘牛が盛んで、シーズンにはかなりの観衆が集まるため、新しく国立の闘牛場を作ったわけだが、完成して後に風の具合いが悪いことに気づいて、使用不能になった。闘牛士の赤い布は微妙な風にも影響され、その結果は闘牛士の命にも関係することだから、場所の選定や設計には初めから細心の注意を払わなければならないのに、完成後にやっと気づいたわけだ。おかげで、貧困な政府の予算にもかかわらず、おびただしい物資と労力が全くムダになってしまった。

 泥棒が多く、のんきな町リマは、また人々が非常に親切である。泥棒と人のよさが同居することに疑問を感じるかもしれないが、泥棒を貧困から来る一つの生活手段として理解するか、あるいは単なる性癖と考えれば、われわれの職業や立小便と同じで、親切とは関係がないだろう。スペイン語を知らない私は、英語を知っているリマっ子に何度も助けられた。リマ空港に着いたとき、西も東もわからない私を親切に市内まで送ってくれた人、マッチがなくて困っているのを遠くで見つけて、わざわざ火を貸しに歩いて来てくれた人など、とにかく多くの親切に出会った。
 貧しい国でしかないこの国で、そういう人たちに会うのは楽しい。
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