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アメリカからペルーへ


#3 貧困(アメリカの現実3)



 私たちの描くアメリカ像からは、普通、貧困という言葉は出てこない。確かに、この国の巨大な富は圧倒するように迫ってくる。世界の全生産物のうちで、この国のたかだか二億の国民が消費する割り合いを、単純な統計にしてみるだけでも富の大きさは判明する(「アメリカとは何か」クロード・ジュリアン)。しかし、このことは、逆に、アメリカの貧困問題の深さを教えてくれるのである。これだけの富を持ちながら、なぜかくも悲惨な人々が多いのか。私が世話になったゲットー(黒人スラム)のある家庭では、家族の数だけ枕をそろえることも出来ず、私が使ったものは、袋に子供たちの下着をつめ込んだ即製枕であった。しかも、似たような生活状況は、至るところで幾らでも見ることが出来るのである。

 アメリカの貧困対策は、国内でもそろそろ真剣に検討され始めていると考えられるが、その困難さは、たとえば貧困という社会学的問題が、人種という人類学上の問題と重なって現れるところもあるし、また社会福祉とか生活保護とかいう発想を徹底的にきらう風潮が歴史的に作られて来たところにもあるだろう。

 貧困は、この国では、黒人の中にその複雑な構造を象徴的に示している。今では、全人口の二割にまで膨張した黒人は、南部の農業地帯では惨めな生活を続け、北部や西部では、南部から移動した人々が大きなスラムを形成して、都市ルンプロ化の道をたどっている。これ等のスラム街は、ニューヨークではハーレムと呼ばれ、ワシントン、シカゴではゲットー、ロス・アンゼルスではワッツと称される。スラムでの黒人の生活を知ることは、いくらかの危険を冒す気になりさえすれば、さしてむずかしいことではない。一歩スラムに踏み込んで裏通りを歩いてみれば、そこには、すさんだ空気の中で貧困がむき出しになっている。柱の折れかかった入り口、路上で遊んでいる大勢の子供たち、一本のひもにかけられた洗たく物、そして観察者を見返す人々の視線。彼らが何を考えているか、あるいは、考えざるを得ないか、通りすがりの旅人にもすぐわかるだろう。ときには彼らは、それを暴動(Riot)の形で表現する。

 暴動は、誰かが話しかけているのだ。それは人々の叫びなのだ。「私の言うことを聞いて下さい。話したいことがあるのに、あなたは聞いてくれないのですね。」(Riot-problems of American Society)

 法律上の平等な権利を与えただけで、黒人たちを解放してやったと思う者がいたら、彼は黒人問題について何事もわかってはいない。市民権を持ち、チャンスも平等なのだから、結局貧困は自分たちの責任だという言い方は、黒人の歴史を知らない者の言葉でしかない。黒人にむかって素直に聞いてみるといい。「なぜ君たちは貧困なのか」と。

 彼等は奴隷として輸入され、おそろしく長い期間、奴隷でしかなかった。南北戦争も彼らを解放しはしなかったし、奴隷としての生活習慣、思考方法は体の隅々までしみついて離れなかった。だから、何かを始める機会を突然与えられても、それに必要な教育、技術、資産はほとんどなく、すなわち経済的に上昇する条件を欠いていた。それが、確立された資本主義国で、どんな意味を持つか語るまでもないだろう。そして、それは一体、彼ら自身の責任であろうか。奴隷としての長い歴史と現在の状況と不当な言葉を投げつけるだけに終わってしまう。もともと、人間とは認められなかった人々が社会の底辺に層をなし、底辺にあることによって軽蔑され続け、貧困と人種との複雑な関係が循環する。
 
 黒人は、黒いから貧困なのではない。貧困だから黒いのだ。(The Other America:Michael Harrington)

この言葉は、人種問題としての黒人問題と、貧困問題としてのそれとの関係を把握し尽くしたうえでのものではないけれども、黒人差別と生活状況との関係を逆転させようとしていることにおいて、すぐれた指摘である。黒人問題が、経済問題、すなわち、階級の問題であることを知らなければならない。そのことを認識していった人々が、市民権運動を捨てて階級闘争としての黒人闘争に移行していく傾向が現われて来たのは、必然的であろう。かくてブラック・パンサーは、単純な人種闘争に転化させることに大きく貢献した。

 人種集団としての黒人と、階級集団としての黒人とを、同時に徹底的に解放することをパンサーが志したとき、彼等は革命団体に鳴らざるを得なかった。パンサーは、自らの闘争を、人種解放のための植民地解放闘争と、ルンペン・プロレタリアートに基盤を置いた社会主義革命を同時に果たすものとして定義している。(The idea of Black Panther:Eldridge Cleaver)

 彼等の理論の複雑さは、彼等を長い間苦しませてきた状況の複雑さをそのまま反映しており、その戦術の急進的なことは、アメリカの貧困の深さを物語っているだろう。階級闘争としての黒人闘争が勝利するか否かは、私の問題ではない。ただ、黒人問題に見られるような貧困と人種とのからみ合いは、強固に見えるこの国を、いつまでも揺さぶり続けるに違いないということは、言えるように思える。
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