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アメリカ紀行


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#10 民主主義と黒人



 ラ・グランジを隅々まで歩いていると、この町の表と裏がしだいに見えてくる。表側を紹介したパンフレットの内容は、黒人問題だけに焦点を絞ってみても、裏側の印象とははるかに遠い。だが、そのことは、パンフレットを作った白人たちが、悪意に満ちているというわけではなく、むしろ多くの人たちは善意にあふれている。善意の人々が、問題の本質から本能的に目をそらしてしまうのだ。われわれが、部落問題を本質にさかのぼって凝視せず、部落民の心理学上の問題だけに還元してしまう傾向があるのと同様であろう。

 「ラ・グランジ」と題されたパンフを読んでいると、文章の行間にかくれた現実のイメージが浮かんでくるのであるが、それは決してこの町だけの問題ではなく、おそらくは、アメリカ全体が近い将来に避けて通ることのできない問題であると考える。

人口・二万五千、ここ数年変動はない。(「ラ・グランジの紹介」以下同じ)

 しかし、この町でも白人の郊外や市外への退去と、黒人の中心部への流入現象が起こっている。市外に形成されたいくつかのベッド・タウンがそれを示しているし、実際の勢力圏は、二万五千の人口を越えている。都市地区に集中してくる黒人人口と、市外に逃避する白人人口が同数で均衡状態にあるとき、人口に変動がないという。素人の私の予想だから、あてにはならないけれども、まもなくアメリカの都市は機能部分が市外に移動していくと思われる。そういう形での都市理論の再検討が必要だろうが、それはまたもや黒人疎外を結果するだけに終わるかもしれない。

 主要産業は合成繊維、綿、木製品、パルプ。豊かな原料と最新の工場で、市民の生活水準は高い。

 まるで公園の中に住宅があるようなこの町をみれば、生活水準のたかさは一目瞭然である。だが、郊外の農場に行けばすぐ理解できることだが、ウォーカー・エバンスがわれわれに提示した黒人農民の生活は、依然として続いている。彼等のうち、いくらか余裕のある者たちは、北西部の大都市へ移動し、そこでゲットー(黒人スラム)を構成する。それは、南部の農業機械化の過程と時を同じくしていると言える。ゲットーの生活も悲惨であるが、残された南部農村の黒人たちには、目をおおいたくなる場合が多い。

 古い南部の魅力と近代産業の発展は、この町でみごとに調和し、植民地時代の美しいギリシャ風デザインの建築物が、町を飾っている。

 美しい町である。だが、中心部からちょっと横にそれて、黒人住宅街に入ってみるといい。アフリカ風デザインとでも呼びたくなるような、ひと押しで倒れそうな庵が並んでいる。私にマッチをくれた女の人は、臨月の腹をかかえて、母親と二人暮らしの生活に耐えている様子だったが、カメラを向けた私に、「こんな家は映さないでくれ」と言った。シャッターを切る私の指に、彼等の生活の重さに拮抗する何物もない。写真をあきらめるしかなかった。

 ここは、「すばらしい学校と協会の町」と呼ばれている。市民は、教育が民主主義にとって根本的なものであると信じている。

 豊かな財力を背景にした教育施設は、確かにすばらしい。「風と共に去りぬ」にも登場するというラ・グランジ大学は、アメリカでも最も古い女子大を前身としているが、現在では共学で、丘の上にきれいな校舎が建っている。しかし、五百人の在学生の中で、黒人学生はわずかに四人である。

 この町で、小学校の教師をしている女性と話す機会に恵まれた。彼女は白人であるが、自分の体験を語ってくれた。

 黒人少年少女の多くは、一年生でも名前が書けないし、貧農の子どもが多いから、幼いころから両親の手伝いで宿題をやる暇もない。また、大きな農耕器具を手にしているせいか、小さな鉛筆で字を書くのが下手で、マジックインキや、ペイント用の筆を使って字を教える。さらに困ることは、白人社会とのコミュニケーションの欠如から、黒人農民独特の方言が形成され、そのために教師と生徒との意思疎通がなされない場合もあって、大変なハンディを背負うことになる。初めのうちは、教師の教えることが全くわからず、黒人の生徒たちは窓の外を眺めていることが多いという。もちろん、貧困は上級学校への進学を不可能にする。

 かくて、「民主主義」にとって根本的である教育は、機会の均等を欠くことになる。「人種」と「貧困」が二重に黒人たちを圧迫しているのであって、それは、「法的な平等」の見地だけから判断できるものでは絶対にない。

 パンフレットを読み終えたとき、私はワシントン・パンサー党員が力説したことばを思い出した。

 「民主主義にとっていいことは、必ずしも黒人にとっていいことではない。黒人にとっていいことは、民主主義にとってもいいことである、と言い換えなければならぬ」。  (おわり)

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