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アメリカ紀行


america06

#6 黒人活動家と警察/ブラック・パワー


 
 寝起きの悪い私は、朝の陽がもうだいぶ高くなったころ、いやいやベッドからはい出し、お世話になっているN氏のたててくれたコーヒーをすすりながら、なにげなく新聞を引き寄せたのだが、八月六日ワシントン・ポスト紙一面トップに載った写真を目にした瞬間、いつものボケっとした頭は緊張した。群集の喚呼に応えて高く手を挙げているその黒人の顔には、見覚えがあった。黒人ゲットー(都市の貧民地区)に張り出されたポスターや、黒人闘争関係の本でもおなじみの顔である。

 ヒューイ・ニュートン。ブラック・パンサー(黒豹党)の創設者で、黒人ラディカルのカリスマ的存在。

 彼が、警察官殺害容疑で投獄されてから三年後に、やり直し裁判という異例の処置と、五万ドルという巨額の保証金で釈放されたのである。オークランド刑務所に彼を迎える数百の群集が熱狂していることは写真でもわかるが、ワシントン・ポスト紙の表現を借りれば、「ビートルズやロバート・ケネディのまわりに集まった人々を把えていたのと同じような興奮状態」になり、ヒューイの上着のボタンは、もみくちゃにされたときにちぎれ飛んでいる。

 アメリカには、政治のリーダーをスターに仕立てて熱狂する不思議な習性があって、私など首をかしげたくなるのだが、そういうのをみていると「彼のやるのは何でもいい、彼とならどこまでも」などという恋する乙女の言葉を連想してしまう。ジョン・ケネディはその点非常に得な政治家だったので、ノーマン・メーラーを激昂させたキューバ進攻やベトナム戦争などの大失敗も、みんな忘れ去られてしまった。

 しかし、ニュートンに押し寄せる人々の喜びは、ここ三年間彼らが続けてきた釈放運動を知れば、理解できないこともない。ニュートンの入獄以来、彼の無実を信じる人々は、「ヒューイを自由に」(
Free Huey)のスローガンでさまざまな運動を展開してきた。デモ集会はもちろん、もっと大衆的な方法もとられた。たとえば「Free Huey」と書かれたバッジを胸につける運動もあったようで、そういうバッジをつけた学生らしい人によく出会ったものだ。

 そんな運動の後にやっと保釈されたわけだから、スターを迎える群衆のような感を呈したとしてもわかるように思われる。

 ニュートンの投獄理由は殺人容疑
(first degree murder)であった。だが、彼の投獄から保釈に至る過程を調べてみると、われわれはそこに、何かしらくさいものを発見するだろう。それは、現在のアメリカ社会の持つある相貌を示していて、一般に、アメリカン・デモクラシーとして理解されているものとは異なった顔である。ここにもまた、暗くよどんだ部分が重苦しく存在いていることを確認できるに違いない。

 まず、彼が、逮捕される以前に、ブラック・パンサーと官憲との対決は、すでにぬきさしならぬところまで来ていた。パンサーが、警察の暴力からゲットーの黒人たちを守る目的で組織されたことは、すでに有名なことだが、そのために、彼等の最初の党名は「自衛のための」という文句が入っている
(Black Panther Party For Self Defense)。黒人を守るために武装したことは警察を刺激した。しかも彼等が、ゲットーに住むルンペンのような労働者の憎悪を組織し、方向を与えたとき、パンサーは体制側には怖るべきものに変貌したと言えるだろう。ニュートンが警察官を「豚」(Pig)と呼び、「差別主義者の豚どもを地獄へ送れ」と公然と言いはなち、武装警官と対等に渡り合う場面を見るたびに、ゲットーの黒人の胸には誇りが甦り、逆に歴史的に形成されてきた白人の嫌悪感は増幅されていった。

 白人の警察官は、伝統的に差別主義を露骨に現わす中流以下の階層出身者に多く、彼等は、黒人との共同生活をよぎなくされてきた人々である。中流以上の人々が、黒人から「逃げる」ことが可能だったのに対して、貧しい白人たちは、低賃金の黒人たちに職をおびやかされたり、生活環境の悪化に耐えなければならない人々である。中流以上の白人が、欺瞞的なヒューマニズムの目で黒人運動を見るときにも、貧しい白人は、正直な嫌悪感をぶつける以外に方法はなかった。そして、その意識は、当然警察官の中にも温存されている。しかも彼等は、犯罪多発地域のゲットーと直接膚をふれあわせているわけだから、差別主義は強められていくだけだろう。

 そういう対立に加えて、政府の黒人対策が、弾圧による「解決」に向かいつつある以上、「法と秩序」の番人とパンサーとの対決は不可避である。もはや警察は、法を犯した者を取り締まるのではなく、もっと「政治的」な判断で動くことになるだろう。「全ての権力を人民へ」と主張するパンサーは、根こそぎにしなければならないわけだ。

 ニュートンの殺人容疑は、でっち上げの可能性が非常に強い。
(The Black Panthers: Gane Marine)。権力を行使してなされる弾圧が、この国にも明らかな姿をみせつつあるだろう。ニュートンが、警官によってうちこまれ、腹に食いこんだ三発の弾丸で絶命していたとしたら、裁判の過程で、警察のやったことを暴露することはできなかっただろうし、彼は殺人者として葬られていたに違いない。やり直し裁判は、彼の無罪を証明するだろうか、私の友人、窓ふきのロバーツは言った。「ニグロを犯罪者にするのは簡単だ。どうせ有罪になっちまうだろうよ」。彼は、警察や裁判の公正など毛頭信じていないルンペンのような黒人の一人である。




ゲットー(ghetto):ヨーロッパの諸都市内でユダヤ人が強制的に住まわされた居住地区。アメリカ合衆国では、ニューヨークやサンフランシスコなど大都市に存在し、居住者は貧困層にぞくするアフリカ系・ラテン系・アジア系アメリカ人やプエルトリコ人など。都市社会学者のルイス・ワースによる研究をきっかけとして、これらの移民系密集居住地区が「ゲットー」と呼ばれるようになった。

ブラックパンサー党:>Wikipedia ブラックパンサー党
ヒューイ・ニュートン
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